どうしちまったんだよ琥珀さん!

新作レンタル「HIGH & LOW THE MOVIE」を
鑑賞しましたので、本日はドラマシリーズも踏まえた
上でこの作品をレビューしたいと思います!

そのとある街では五つの勢力に別れ覇権争いが
行われており、いつしか人々はそこをチームの
頭文字を取って「SWORD地区」と呼ぶようになった。
だが各地の小競り合いを他所に土地の利権を
巡って巨大ヤクザ組織「九龍グループ」が介入。
大陸系マフィアも現れついにSWORD地区は抗争に
巻き込まれ火の海と化すが、この一連の騒動には
かつて最強と呼ばれた幻のチーム「MUGEN」
リーダーの琥珀が暗躍していた…というあらすじ。

EXILE一家が総力を挙げて取り組んだ壮大な
メディアミックスプロジェクトにあたるこのタイトルは、
とある下町を舞台に個性豊かな不良どもが日々
ケンカに明け暮れる内容を描いたオリジナル作品。
総合プロデューサーであるHIRO氏の妄想が爆裂
しまくったファンタジックヤンキー空間の中を、
AKIRA氏が自ら琥珀役も演ずることで先頭に立ち、
ファミリーや特撮畑のイケメン俳優が多数顔を揃え
彼の後ろに続くことで、まるで80年代のマガジンか
チャンピオンのような世界観を21世紀の今になって
実写で完全再現したことがまず最大の特徴です。

上述したあらすじの時点で勢力を相当簡略化しており、
かつて存在したMUGENなる最強チームにたった二人で
対等に渡り合ったという雨宮兄弟、それらが雲散霧消した
後は山王連合、ホワイトラスカルズ、鬼邪(おや)高校、
RUDE BOYS、達磨一家という群雄割拠時代が到来、
悪のヤクザ・九龍グループが彼らに手を焼いている間に
油揚げをかっさらおうとするのが大陸系マフィアとそんな
彼らに金で雇われた武闘派集団・マイティウォリアーズ及び
悪のスカウト軍団・DOUBTという、一通り設定を書き出す
だけでかなりの行数を持っていかれる圧倒的な情報量も
本作のとっつきにくい欠点と奥深い魅力を兼任しています。

各勢力がひしめき合って複雑な相関や人間模様を
見せているように思えるものの、基本的にどいつも
こいつも直上にひた走るキャラクターをそのまま話に
反映したかのように拳と拳で語り合えばそれでわかり
合えてしまう思い切りの良いストーリーと、その場の
思いつきでカッコ良ければ全てよしとでも言いたげな、
スタイリッシュ演出全振りで繋ぎ合わせたような男の子の
ソース味が大変心地良いことに加えて、抗争がやや込み
入った面倒な構図になってくると「それもこれも全部
九龍って奴が悪いんだ」とゴルゴム並に悪事を丸ごと
背負わせて事態を即座に単純な一本化してくれるという、
映画偏差値の低い視聴者層への配慮もいっそ清々しい。

九龍グループとの抗争に一区切りが打たれる映画版に
対し、ドラマシリーズはそこに至るまでの経緯が詳細に
描写されているわけですが、「なんかカッコイイこと
やった奴が一番」という根底的な理念はどちらも一緒で、
やっぱりどこまで行ってもみんなケンカしかしてません。
カラッポの方が夢詰め込めるというか、だからこそ
キャラクター掘り下げ特化な内容がこの場合功を奏して
いて、視聴者毎にチームカラーや登場人物の好みを
細分化する作りが「達磨もマイティも弱いだろ」「は?
日向さんとICEさんディスってんのかテメー!」などと
ファン同士でワイワイ語れるのは大きな強みです。

中心人物の琥珀さんが映画だけ観ると陰謀によって
壊れてしまった可哀想な人なんだけどドラマ追うと
実は度を越したお人好しで依存体質のダメな中年で
結果としてSWORDをまとめるきっかけになったから
いいけど自分勝手が原因で大抗争を招いたクレイジー
サイコには違いないし映画クライマックスで良い人
ロールの過去回想もうっかり騙されそうになるけど
他人にした説教が三連ブーメランになって自分に
刺さってる情けないギャグパートにしか見えなくなる
とか、話広げるだけ広げといて雨宮兄弟がドラマと
映画両方通しても結局「あの雨宮兄弟」以上の
情報が出てこないただの通りすがりっぷりとか、
進行を勢いに任せるだけ任せた分のリスクや粗も
探せば探した分だけボロボロ出てくる、決して両手
放しに誉められた作品ではないのは確かだと思います。

「孤高の遠吠」や「デストラクション・ベイビーズ」と
いった、80年代に逆行する中世化した人々の姿を
極めてネガティブに描いた邦画の佳作が排出されて
いる今の世にあって、「狂い咲きサンダーロード」
「爆裂都市」の石井聰互か、はたまた「DOA」
「漂流街」の三池崇史が持つポストモダン的
世界観でもって爽快なヤンキー活劇を描ききった
という、タイミングに恵まれた部分も大きいと分析
しますが、もしこれを商業的な勝機と捉えていた
確かな嗅覚が存在したならば評価されるべきだし、
その一方でEXILEをはじめとした作品製作メンバーが
一丸となった、誰一人失敗することなど微塵にも
考えていない前のめりな姿勢が、奇跡のヒットに
寄与していた部分も決して少なくはないはずです。

トータルで俯瞰すると「出来の悪い子ほど可愛い」と
いうか、バランスの悪いクソゲー要素がある程度
あった方が格ゲーは盛り上がりやすいみたいなとこを
垣間見た気がしますが、いい夢見せてもらえました。
雨宮三兄弟のスピンオフ「RED RAIN」をはじめとして
暴れ馬な八方破れの本作を今後もきちんと舵を切って
いけるのかなーという一抹の不安はあるのですが、
そこを観客が気にしても仕方ないので、これからも
追えるだけは静かに追っていきたいと思いますし、
それだけの魅力は湛えたオススメのシリーズです!
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どうして疑いを持つのか

地元で上映された「哭声/コクソン」を鑑賞して
きましたので、本日はこの作品をレビューします!

山奥の閑静な農村・谷城(コクソン)で突如として
怪事件が頻発し、謎の奇病まで蔓延し始める。
山小屋へ越してきた日本人が絶対に怪しいと
町の人々が噂するのを、交番勤務のジョングは
最初こそ笑い飛ばしていたものの、自分の娘の
身体にも発疹が浮かび、奇行が目立つように
なると、同じように余所者へ疑いを向けはじめ…
というのがおおまかなあらすじ。

全編に亘って滾るパワーで観客を圧倒した韓国の
傑作ノワール「哀しき獣」を世に送り出した監督、
ナ・ホンジンが新たにメガホンを取ったのは、
村社会で起こった事件を巡り疑心暗鬼に陥る
人々を描写したサスペンス・スリラー映画です。

母親には頭が上がらない、ビビリの小心者、
遅刻常習犯、目下や弱い者にはとことん横柄な
態度に出るというどうしようもないデブ・ジョングが
主人公なら、フンドシ一丁で野山を徘徊する奇行
老人として、かの國村隼がキャスティングされ、
序盤から本作が他と一線を画した尋常ならざる
内容であることを存分にアピールしてきます。

家族同士が残虐・凄惨な方法でもって殺し合う
ような怪事件が連続すること、医者にも原因が
掴めない皮膚病には何か関連があるのか?
そしてその両方と村に突然紛れ込んできた
余所者の日本人は関係しているのか?という
疑問に対し、明確な解答を全く示すことなく
バラ撒きにバラ撒いて不安だけを増幅させた後、
村の住人、しいては藁をも掴む思いなジョングが
祈祷師にお祓いをお願いする中盤から作品の
雰囲気、或いはジャンルそのものが全く別の
方向へと転がる怒涛の展開を見せることに。

ここから先の記述は作品のネタバレや核心に
迫る内容となりますので、鑑賞前ならばできれば
読むのを控えてもらう方がより作品を楽しめると
思いますというのを前置きにした上で、作品の
ノリはいきなりオカルト・サイキック・ホラーの
趣を見せ、村には本当に呪いをかけている
悪霊が存在し、それは果たして日本人か、
それとも別の誰かかという魔女狩りへと発展。
ジャンル特定不可な混沌とした内容を見せる
一方で、テーマとして最初から一貫しているのは
「何故疑うのか」ということと、そこから転じて
「人は己が信じたいものを信じる」ということ。

何故怪事件が連続するのか、何故奇病が発症
するのか、二つの関連性はおろかそれぞれの
原因が何なのかもよくわかっていないのに、
素性の知れない霊能者が「犯人は日本人だ」と
断定してみせただけでどうしてそれを鵜呑みに
できるのか、というビョングの姿こそ人間の
抱える根源的な弱さそのものであり、観客として
俯瞰しているからこそそれら一連の違和感に
気づけるものの、もし自分が当事者であった
場合、彼らのように恐慌に陥らないとは言い切れ
ないあやうさもまた孕んでいると言えましょう。

最終的には人間一人一人の信仰や信念を
問う、内面へ向かったえらく観念的だったり
教化的な収束点へと辿り着くわけですが、
これも登場人物からスクリーンを通じて観客
こそが試されているようなもので、本当の
犯人は誰で悪い奴は誰だったのか、そして
それぞれがどう糸で繋がっていたのかは
大した問題ではなく、「提示された情報だけで
お前個人は勝手な理屈をこねるのか」という
メッセージが重要なのではないかと思うのです。

その意味では、最もらしく奇跡を提示して見せる
聖人の正体こそ甘い蜜で人を奈落の底へと導く
悪魔かもしれないし、私は悪魔だと高笑いして
見せる者こそ神が化身となって人間に試練を
与えているかもしれないわけで、即ち人間の
理屈や理解の範疇を越えた高次元的な存在が、
逆に人間の理屈にわざわざ割って入ってきたと
するならば、人は一体どうしたら彼らの言い分に
一切の疑いを持たず信頼できるというのでしょう。

人はわかりやすい「奇跡」の目撃を望みますが、
それがペテンかどうかもわからずに盲信して
しまうのが罪ならば、実際に起こされた神の
御業へ疑いをかけてしまうこともまた罪には
違いないという、矛盾を抱えた歪な生き物です。
だからこそ都合よく投げられた砂糖菓子に
飛びつくような真似はせず、人間はあくまで
人間の理屈の範疇の中で生きなさいというのが、
作品の行き着くところなのではないかなと。

というのも中盤で「幻覚キノコが原因か?」と
一つの証拠と事件解決への糸口はジョングへ
提示されていたわけですし、お偉い神父様から
「自分の目で見たわけでもないことにどうして
そこまで確信できるんですか?そのようなことで
神や教会にできることなど何もありませんよ」と
ぴしゃりと説教されていることからも明白で、
そもそもオカルトが原因とか言っちゃったら
警察はいらねーんだYO!って話になっちゃうん
だからそこをわかれよジョング!と思うわけで。

相当とっちらかってるようで言いたいことは一貫
してるしよくわかった(つもりにはなってる)ので
個人的にはかなり面白いし気に入った作品では
あるのですが、万一とっちらかりぶりに憤慨する
人がいてもあんまフォローできる気がしないし
「思ってたのとなんか違う!」って言い出す人が
いても「それは残念でしたね…」としか返せないしで、
観客を相当選ぶ内容なことには間違いありません。
鑑賞中は案外「第七の封印」なんかを連想
しましたし、やっぱりそうした観念的な作品が
好きな人にならオススメしたい映画かも?

不名誉より死を!

話題の新作映画「キングコング:髑髏島の
巨神」をようやく鑑賞できましたので、本日は
この作品をレビューしたいと思います!

1973年、アメリカがベトナム撤退を表明した日。
人工衛星が捉えた、南海に浮かぶ前人未到の
孤島に”何か”が存在すると確信している特務
研究機関のランダは、パッカード大佐と元SASの
傭兵・コンラッドを伴い強引に調査を取り付ける。
島を取り巻く激しい嵐を抜けて彼らが目にした
ものとは、神が創り出した遺伝子の実験場とも
言うべき環境で、独自の進化を遂げた怪物の
群れだった…というのがおおまかなあらすじ。

1933年に創作されてからというもの、これまで
幾度となく続編やリメイクを重ねて人々に
愛されてきたキャラクター、キングコング。
今回は映画製作会社・レジェンダリーによって
世界観も新たにリブートされることとなりました!

そして恐らくはギャレス・エドワーズに勝るとも
劣らないと思われるオタク監督、ジョーダン・
ヴォート=ロバーツが仕掛けてきたものとは、
モンドとベトナムがモンスターと出会って恋を
したとでも形容すればいいのか、あらゆる娯楽
要素を一つの鍋にブチ込んでゴッタ煮にした、
ジャンル特定不可能な究極のエンタメ超大作!

実際のところ相当煮詰まった話には違いないと
思うのですが、脚本からは理知的かつロジカルな
匂いが強く感じられ、二転三転する展開や様々な
演出を驚くほど綺麗に繋いでおり、支離滅裂な
印象は全くないと言っても過言ではありません。

それというのもキャラクターの個性を踏まえた
上できちんと伏線を撒く丁寧な作りに他ならず、
第二次大戦中に髑髏島へ不時着した米軍と
日本軍の男二人が、コングの存在を確認すると
同時に後半で思わぬキーマンとして登場したり、
仲間想いで怪物嫌いなことが中盤以降は
取り返しのつかない結果を生み続けることになる
パッカード大佐も、ベトナム従軍経験という設定
だからこそブッ壊れてしまったクソコテキャラに
一定の説得力と重みが出るというものです。

森林を焼き払うナパームや全てを薙ぎ払う
機関銃といったベトナム映画要素、未開の土地を
恐る恐る進み美しい秘境や謎の部族と遭遇する
モンド映画要素、多種多様な怪物に襲われ逃げ
惑うモンスターパニック映画要素がそれぞれ文脈と
してきちんと絡み合っており、時折「地獄の黙示録」や
「食人族」といったメジャー作品のオマージュも散見
されますが、これも「必要だから演出した」ことには
違いないため色気の使い方として非常に正しく、
自然な流れで違和感なく受け入れることができます。
色々と小細工を弄したような緻密な計算をして
おきながら、クライマックスでは最早理屈など
いらないと言わんばかりに怒涛の怪獣大決戦を
展開、これまでの全てを勢いで押し流し忘却の
彼方に追いやろうとするカタルシスにも大喝采!

資源調査団として登場する機関「モナーク」、
そして言及される「MUTO」と、「例のクロス
オーバー企画」に対する観客の期待へ早めに
回答してしまうのもこの場合正解で、「まあそれは
いずれやるからまずは本作を楽しんでくれや」
と言われたような気分から、どっしりと腰を落ち
着けて鑑賞に臨めるサービス精神にも感謝。

それはそれとしてエンドロール後のオマケ映像
でもやっぱり期待を滅茶苦茶高めてくれるというか、
「例のアレ」に加えて明らかに余計な物までついて
きてるのであんまりビックリして家に帰ったらそのまま
勢いでギャレゴジ観直してしまったんですが、やっぱり
この時点だと余計な物の描写までは確認できない!
次はこいつらまで来るんか!やるんか!やれんのか!

ついでにレジェンダリーと言えば「パシフィック・
リム」の存在もあるわけで、これもいつかはクロスして
くんないかなーと常々夢想してきたのですが、今回の
コングの活躍まで観てしまうとイェーガーなんぞ地球に
君臨する”王”たちに勝てるとかそんな大それたことは
マジで微塵も思えなくなってくるのでほんとしゅごい…
だからこそ大怪獣バトルの隅でウロウロしてはドカドカ
大破してるイェーガー軍団も改めて観たくなったので、
シリーズを重ねたらいつかは実現していただきたい!

最後は結局クロスオーバーのことばっかり並べ
立てるダメなオタクの早口になってしまいましたが、
単品で観てもここまで綺麗にまとまった面白い
映画もなかなかないので、正直半分舐めてた
ことに対し土下座して詫たい気持ちで一杯です。
目をキラキラ輝かせて銀幕に釘付けになっていた、
あの頃のワクワクを思い出させる童心に帰れる、
おっさん世代直撃の、まるでオモチャ箱を丸々
ひっくり返したような内容で、文句なしにオススメ!

意志があれば数は問題じゃない

新作レンタル「ジェーン」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品をレビューしたいと思います!

南北戦争から間もないアメリカ西部。
荒野に一つ建った家で愛娘と共に暮らす
ジェーンの元へ、夫として迎えた無法者・
ビルが数発の銃弾を受けた状態で姿を現す。
彼よりも凶悪な賞金首であるビショップに
所在を知られてしまった以上は戦う他ないと
判断したジェーンは、旧知の仲であるダンに
援護を願い出るのだが…というあらすじ。

「ウォーリアー」、後に「ザ・コンサルタント」を
撮ることとなるギャビン・オコナーが監督した
本作品は、運命に翻弄され続けた女性が
自らのため、男のため、そして何よりも
娘のために銃を取り戦う姿を描いた西部劇。

極めて初期情報を削ぎ落とした状態から始まり、
最初は説明不足にも思えるかもしれませんが、
過去回想を交えながら徐々に小出しをしてくる
脚本の構成が実によくできていて、事の経緯で
疑問符がつく部分は話を追っていく過程で大抵
回答してくれるし、それがまた腑に落ちる内容
でもあるため、ジェーン、ビル、ダンそれぞれに
共感を覚え作品に入れ込むことができます。

冷酷な賞金首に追われるサスペンスフルな
展開と男女や家族の愛の物語を交互に交え、
時には不意打ちのように銃撃戦を合間に潜り
込ませることで、テンポや緩急を強く意識した
作品への取り組みも感じ取ることができる
わけですが、本作の特徴として「弾丸が急所を
外れると数発食らったところですぐには死なない
(ただし苦しみに苦しみ抜いた上でどっちにしろ
死ぬ)」という演出があり、これが妙なリアリティに
溢れた生々しさと同時に、誰が死に誰が生き
残ったのか、或いは誰をきちんと殺せたか
殺せなかったのかが最後の最後までわからない、
予断を許さぬ緊張感の賦与に成功しています。

低予算故なのかもしれませんが、クライマックスの
銃撃戦は一人一人チンタラ処理していく変に間延び
していくような見せ方ではなく、「オラッ死ねッ!」と
ばかりに一網打尽にギャングを叩くカタルシスも
結果として充実した見応えがあり、その勢いのまま
ほとんどマンガみたいにビックリするような綺麗に
キッチリ話が収束する着地点で、有無を言わせぬ
説得力と共に押し切って見せるラストもお見事…

前述の通り、相当説明不足なところから始まるため
序盤は「ジョエル・エドガートンとナタリー・ポートマンの
共演か…ってことはオーウェン・ラーズとパドメ・
アミダラってこと?じゃあユアン・マクレガーは悪の
オビ=ワンってことじゃんッ!」みたいに思考が
大変余計な方向に逸れてしまったり、こぢんまりと
した実に地味~な内容であることも決して否定は
できないのですが、実力派の豪華キャストが揃い、
優れた構成の脚本とけれん味溢れた演出が光る、
ウェルメイドな小品であることもまた確かです。

近年ではジョエル・エドガートンが何らかの形で
関わって名前が載ってる作品には全部外れが
ないくらいのアゲチンっぷりを発揮しているので、
監督やキャストの名前にピンと来たならば、その
ネームバリューだけでとりあえず本作を手に
取っても損はさせない出来になってると思いますよ!

自分のことは 自分で決めろ

話題の新作映画「ムーンライト」を鑑賞して
きましたので、本日はこの作品をレビューします!

同級生たちから「リトル」とあだ名され、毎日
いじめられている黒人少年・シャロンは、ある時
逃げ込んだ廃屋でフアンと名乗る大人と出会う。
うつむいたまま自らの名も告げないシャロンに
対し、フアンは温かい食事を与え遊び相手にも
なることで、まるで父親代わりのような振る舞いを
見せるが、フアンの職業とは麻薬密売人であり、
そしてシャロンはヤク中の母親が彼から薬を
購入していることにも薄々感づいていた…
というのがおおまかなあらすじ。

貧困層のシングルマザーから体格も恵まれずに
黒人のゲイとして生まれるという、人生のハンデを
考え得る限り背負ってしまった一人の人間の
半生を、幼年期・青年期・壮年期の三章構成で
綴ったヒューマンドラマが本作品となります。

第一章「リトル」では気弱で小柄な少年である
シャロンが肉体的・精神的に追い詰められるところ
から始まり、黒人の間であっても当然ながらいじめや
差別が存在するということをまず提示し、そんな彼を
温かく受け入れるフアンは一見すると人格者の
ようで、その正体は街を麻薬に汚染させている
張本人、反対に大仰にもっともらしく親として
振る舞って見せるシャロンの母はまさしく全身を
くまなく薬に侵された一人であり、家庭内では
息子を徹底的にネグレクトする様子が描かれます。

それらを通じ、本作において一番最初に語られる
ものとは「グレーゾーン」の話であり、正しいことを
しているように見える人が悪人であったり、その
逆もある中で、誰が悪で誰が善なのかとは
単純かつ一概に断ずることはできないということ。
そして、幼いながらもフアンの悪事を鋭く察して
いたシャロンは、純真・純粋が故に彼が自分に
対し「裏切り」を行ったのだと捉えてしまいます。

第二章「シャロン」では、シャロンはハイスクール
でも未だに陰湿ないじめが横行、最愛の友人とも
言えたフアンは何らかの原因で故人になっており、
母親は末期的な禁断症状を訴えるという、一章をも
越える想像を絶する地獄に身を置いています。

今は亡きフアンが縁となって、彼の妻・テレサと
親交を深める一方、実の母親はこれまで以上に
金をせびるばかりで親らしいことを何一つしない
ものの、だからこそ息子がかえって母を見捨てる
ことができなくなっているという姿からは、相互
依存によって互いの心の傷がいたずらに広がり
続ける様相が描かれており、その一連のやりとり
からは「過去のしがらみ」が一つのキーワード
として導き出されているように思えます。

大人の勝手な都合という名の糸でがんじ絡めに
された結果、無垢な子供が犠牲になり、その
生い立ちや人生に彼の非が一切ないとしても
「今の境遇は自分が悪い」と罪の意識を負って
しまう危険な兆候がこの時点までで過剰なまで
丁寧に描かれ、やがては彼がオカマと呼ばれ
続けた後天的なものか、はたまた生来から生まれ
持った先天的なものかは明確ではありませんが、
シャロンはゲイの自覚を持ち始め、そのことにも
葛藤し無意識に自分を責めるようになります。
その最中、幼馴染のケヴィンと思わぬ邂逅を
遂げることとなりますが、同時にとある事件が
ケヴィンの心の弱さを露呈させることとなり、
それを許容することができないシャロンは
人生における第二の「裏切り」を経験します。

第三章「ブラック」では、血尿を絞り出すような
脅威の肉体改造により、フアンそっくりの外見、
そして自らもまた麻薬密売人へ堕してしまった
中年・シャロンの登場によって幕を開けます。
ここまでの演出によって、マッチョな身体は
フアンへの憧れと同時に、「過去の自分に
対する拒絶と否定」が内在すること、そして
フアン自身が今のシャロンと全く同じ人生を
送ってきたのではということを伺わせます。

養護施設で人に施すことを覚えた母、保護
観察を受ける身分でありながらコックとして
自分の店を持ったケヴィンを通じ、「人生に
後悔をしているのは皆同じだが、その中で
新たな一歩を踏み出せないのは自分だけ
なのではないか」とシャロンは焦りを覚えます。
そんな彼に対し「人生なんてこんなもんだ」と
嘯き、「あのいじめっ子のレゲエ野郎はクソ
だったな」と続けるケヴィンの存在そのものが
シャロンにとっては光明であり、紆余曲折の
末に二人が無事ゴールインしたことが、
観客にとっての救済になってくれるはず。

これがもし悲恋に終わっていたら作品全てが
決して受け入れられない内容になっていた
ように思えるし、ゲイの男性二人を主人公に
据えて実はえらく純粋かつ淡いラブストーリーに
仕立てきちんとハッピーエンドにさせたというのも、
21世紀を感じさせるエポックメイキングな出来。

作品のテーマとしては「多様性はあって然るべき
ものだし人は誰しも幸せになる権利がある」と
いった、あまりにも当たり前すぎて「お前らこんな
話でもしないとそんなことにも気づけないのかー?」
とスクリーンから説教されているようにすら思える
普遍性を説いたもので、殊更にアカデミー賞が
権威を与えなきゃいけないものではなければ、
非常に地味~なストーリーだったりもするものの、
話題作としてピックアップされなければ自分も
決して劇場に足を運ぶほどではなかったかも
しれない…というのもあり、非常に複雑な気分。

細かいことはさておき、例えば自分がどんなに
悲惨な過去を抱えていたり今の境遇が惨憺たる
ものであったとしても、「君は幸せになって
いいんだ」と祝福されているような、温かく優しい
作品には違いがありませんので、できれば
アカデミーのことや、今更言うのもなんですが、
あらすじやら前情報なんやらも全部シャットアウト
して、真っさらな気持ちと状態で向き合うとその
方が楽しめるのではないかと思える一本でした!
プロフィール

T-ZOK@シュガーラッシュおじさん

Author:T-ZOK@シュガーラッシュおじさん
新作映画・新作レンタル作品のレビューを主に行います。
旧跡地「はきだめの犬のはきだめ」

Amazonではアメコミを中心にしたレビューを載せてもらっています。

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